世界初の「水空合体ドローン」、2023年春の最新動向と今後の展望

今回使用したドローン「水空合体ドローン」について

水空合体ドローンとは、空中ドローンと水中ドローンが合体した機体で、空を飛んで水に潜ることができる、世界初のドローンです。モバイル通信にも対応しており、空中ドローンの遠隔飛行や、空中・水中カメラ映像のリアルタイム伝送が可能であるほか、KDDI総合研究所独自の音響測位技術により、水中ドローンの位置情報も取得できます。

世界初、「水空合体ドローン」による水中撮影に成功してから、約1年半が経ちました。インフラ点検や水産業など洋上での活用ニーズは非常に高く、2022年度は兵庫県や東京都をはじめ、全国各地で実証実験を行ってきました。また、2022年10月には第10回ロボット大賞(総務大臣賞)を受賞。本記事では、実用化に向けて進化し続ける「水空合体ドローン」、2023年春の最新動向と今後の展望をレポートします。

水空合体ドローン、開発の背景

水空合体ドローンは、空中ドローンと水中ドローンが各1機ずつ合体した、世界初の機体です。空中飛行機能と水中潜航機能を併せ持ち、モバイル通信ができるスマートドローンとして、KDDIスマートドローン、KDDI総合研究所、プロドローンの3社が共同で開発しました。

水空合体ドローンが離陸したところ

背景には、水中作業の省人化や効率化に対する、ニーズの高まりがあります。

水中作業は、水産業監視、水中インフラ点検、船底点検、ブルーカーボン測定など多岐にわたり、これまでは潜水士さんが多くを担ってきました。しかし、潜水業務は命の危険を伴うことも少なくありません。また、潜水士の高齢化や後継者不足はどんどん進み、「水中作業の担い手不足」という課題は、いまや各所で深刻化、顕在化しています。いま、水中ドローンの活用が全国各地で始まりつつあるのは、このためです。

ところが、洋上の水中作業を行うためには、作業船で現地まで行く必要があるため、船を手配する人件費や燃料費など莫大なコストがかかる上、脱炭素の観点ではCO2排出量削減という新たな問題が浮上しており、水産業、海運業、点検などさまざまな領域で、「船を出さずに水中作業の省人化や効率化を図ること」が求められているのです。

水空合体ドローンの活用用途

そこで、「人間が現地まで行って水中ドローンを運用するのではなく、陸上から水中ドローンを遠隔操作できないか」と開発されたのが、水空合体ドローン。具体的な運用手順は下記の通りで、一連のオペレーションはモバイル通信を活用し、遠隔操作で行います。

“空中ドローンが洋上を自動飛行し、水中ドローンを現地まで運ぶ。着水後、水中ドローンは潜航を開始し、水中点検や水中撮影を行って、空中ドローンのもとへ戻る。空中ドローンは、水中ドローンを回収後、その場から離水して洋上を飛行し、陸上へと帰還する。”

ちなみに、「Japan Drone2021」で初めて水空合体ドローンを発表したところ、 “親子ドローン”として話題を呼び、一部の方からは「人形劇による特撮アニメ『Thunderbird(サンダーバード)』みたいで夢がある」とご好評いただきました。

水空合体ドローンの「3つの特徴」

あれから約2年。水空合体ドローンは、全国各地で実証実験を実施しながら、実用化に向けてリニューアルを重ねてきましたが、ようやく最適解に辿り着きました。大きな特徴は3つ。1つめは、4G LTEでの遠隔飛行、2つめは水上における定点位置の維持、3つめは音響測位による水中ドローンの位置把握です。

水空合体ドローンの3つの特徴
水空合体ドローンの各機能とスペック概要

水空合体ドローンの1つめの特徴は、「4G LTEでの遠隔飛行」をはじめとする、陸からの遠隔操作です。

空中ドローンは、モバイル通信(4G LTE通信)経由で、KDDIスマートドローンの遠隔運航管理システムに接続されており、遠隔操作による自動飛行が可能です。オペレーターは、空中ドローンに装備された360度カメラの映像を見て、周囲の環境を確認しながら、離陸、飛行、着水、離水、再飛行、着陸の一連の運航を管理できます。

水中ドローンは、オペレーターが専用のアプリケーションを用い、水中ドローンの前方に装備されたカメラの映像を見て、遠隔操作します。水中ドローンの空中ドローンからの切り離し(リリース)や巻き取りなどの操作や、水中ドローンへの命令の伝送、水中ドローンの映像のアプリへのリアルタイム伝送などは、水中ドローンから空中ドローンへは有線ケーブル経由で、続いて空中ドローン内部でデータ変換した後に、モバイル通信(4G LTE通信)経由で行います。

水空合体ドローンの特徴①「4G LTEでの遠隔飛行」
4G LTEで空中・水中のリアルタイム映像をみながら、陸から遠隔操作が可能
空中ドローンに装備された360度カメラ
空中ドローンと有線接続された水中ドローン(QYSEA社製 FIFISH V6 PLUS)

水空合体ドローンの2つめの特徴は、「水上における定点位置の維持」です。着水した空中ドローンは、風や潮に煽られると容易に流されてしまい、有線接続の水中ドローンも引っ張られて撮影したい水中の養殖網などをうまく撮影できない、という課題がありました。

これを解決するため、空中ドローンは、下部にフロート(浮き)を取り付けたカタマラン(双胴船)型に生まれ変わりました。フロート左右にスラスター(水中モーター)を装備し、水上で前後左右に移動が可能です。ボートに乗ったまま空中ドローンが飛んでいる様子を思い浮かべていただくと、分かりやすいかもしれません。 水上移動に最適化された空中ドローンは、GPS情報での定点位置維持や、任意のタイミングでの自由な水上移動ができ、その結果、水中ドローンは潜航中に空中ドローンに引っ張られることなく、安定した運用ができるようになったのです。

水空合体ドローンの特徴②「水上位置維持・移動」
水中モーターで水上移動できるので、GPS情報で海上位置を維持したり、水上を移動したり、船を避けることができる
水中ドローンと、フロート側部に取り付けられたスラスター
フロート側部

水空合体ドローンの3つめの特徴は、「音響測位による水中ドローンの位置把握」です。水中ではGPS信号が届かないため、一般的にROV(Remotely Operated Vehicle)は位置情報の取得ができません。

現場では、オペレーターが水上から機体の位置を目視する、水中映像や機体情報、ケーブルを引っ張られる感触から機体の位置を想像するというアナログな方法が用いられていますが、水空合体ドローンは、KDDI総合研究所が独自開発した音響測位技術を活用し、水中の位置情報を把握しながら水中の撮影を可能にしました。

もともとKDDI総合研究所は、太平洋を横断する光通信ケーブルの保守メンテナンを目的に、大型の水中ロボットを開発してきました。同時に、音響信号処理技術の開発にも力を入れており、水空合体ドローンに搭載可能な世界最小クラスの小型で高精度な音響測位デバイスを開発しました。

水中ドローンに音響信号を発する装置を取り付けて、音波を発生させ、空中ドローンに設置したハイドロフォンでその音波を受信し、水中ドローンの相対位置を計測するという仕組みです。GPS情報と合成することで、水中ドローンの位置を特定できるため、遠隔地からのリアルタイムな水中ドローン位置確認や、後から撮影データの位置情報を振り返ることにも役立ちます。

水空合体ドローンの特徴③「音響測位による水中ドローンの位置把握」
水中ドローンが発する音を空中ドローンが受信し相対位置を計測。GPS情報を合成することで、水中ドローンの位置を特定する
遠隔地からのリアルタイムな水中ドローン位置確認
KDDI総合研究所独自開発の小型高精度音響測位デバイス
音響発生装置からの音波を、空中ドローン搭載の音響受信装置で検出。ドローンに搭載するため、世界最小クラスの音響測位デバイスを開発

また、水中ドローンのケーブル操作には、外付けウィンチを用いています。ケーブルの送り出し、固定、巻き取りの、3つの操作を遠隔で行うことができ、ケーブルの長さは50メートル程度です。

外付けウィンチと約50mのケーブル

2023年春の最新動向と今後の展望

2022年から2023年春にかけて、水空合体ドローンは全国各地で実証実験を実施しました。

例えば、兵庫県「令和4年度ドローン社会実装促進実証事業」 では、兵庫県坊勢(ぼうぜ)島において、定置網、養殖場、沖合の海底耕耘場所での遠隔で水中の様子を撮影できるのかの実証を行いました。

その結果、定置網では毎日船を出して行なっている、捕獲状況や網の状態の確認を遠隔で行うことができ、船を出すことなく網の引き上げの最適なタイミングを把握できることが分かりました。

養殖場でも、生簀の魚の生育状況や、へい死した魚が海底に沈んでいるかの確認を遠隔で行うことができ、養殖場管理の最適化や負荷軽減が期待できるという結果を得られました。

沖合の海底耕耘でも、これまでは耕耘後の現場を確認する術がありませんでしたが、水中を撮影することで、耕耘後により深く掘り起こされていることを確認できました。

また、東京湾の海の森水上競技場では、水中の競技設備や周辺の水門や防潮堤などの水中インフラを撮影する実証をおこないました。

今後の展望について、KDDIスマートドローンの松木友明氏はこのように語ってくれました。

「海の中を撮影するというのは、周囲はほとんど見えず、潮の流れもあり、危険で大変な作業です。当初は潮に流され、まともに撮影ができませんでしたが、水上の位置維持機能や水中の音響測位情報でようやく撮影できるようになってきました。今後、来年度の実用化に向け、一つのアプリで簡単に操作できるようにするなど、操作性、機能、品質を向上させていきます。」(松木氏)

KDDIスマートドローンの松木友明氏

高度経済成長期に建築された港湾施設や、橋梁の橋脚、ダムなどのインフラの老朽化が急速に進み、水産業においては気候変動や後継者不足などの大きな問題が立ちはだかり、一方では洋上風力発電所の点検といった新たな水中作業のニーズが生まれるいま、危険を伴う水中作業をより安全に、効率的に行いたいという願いを叶えられるよう、水空合体ドローンは引き続き進化してまいります。

水空合体ドローン実証「豊かな海を取り戻す」(兵庫県坊勢島)