ドローンを飛ばしたから見えてきた過疎地の物流の課題と可能性

今回は、KDDIスマートドローンの代表 博野が株式会社エアロネクスト 田路(とうじ)さま、株式会社ACSL 鷲谷さまをお招きして、新潟県阿賀町で実施された「地域物流を効率化する新スマート物流『SkyHub®』(注1)の社会実装に向けたドローン配送実証実験」について、地域物流の未来についてなどのお話を伺いました。

対談者紹介

KDDIスマートドローン株式会社
代表取締役社長 博野雅文

KDDIスマートドローン株式会社

生産年齢人口の減少に伴う労働力不足などの課題や、法制度の整備などによるドローン事業の環境の変化に迅速に対応するため、2022年4月1日に設立されたKDDIの子会社。KDDIが2016年から続けていたスマートドローン事業を継承し、4G LTE・5Gなどのモバイル通信を用いてドローンを制御することで、安全な遠隔飛行・長距離飛行を実現するサービスの構築を行っている。本実証では、ドローンの遠隔制御・リアルタイム映像配信を行うモバイル通信と運航管理システムを提供するという目的で参画した。

株式会社エアロネクスト
代表取締役CEO 田路圭輔

株式会社エアロネクスト

次世代ドローンの研究開発型テクノロジースタートアップ。ドローンで社会課題を解決するための技術を開発し、ドローン配送サービスの社会実装に主体的に取り組んでいる。
コアテクノロジーは、重力、空力特性を最適化することで産業用ドローンの基本性能や物流専用ドローンの性能を向上させる、独自の構造設計技術「4D GRAVITY®」(注2)。本実証では、ドローンを活用した新スマート物流「SkyHub® 」を実現し、地域物流の非効率を解決するという目的で参画した。

株式会社ACSL
代表取締役社長 鷲谷聡之

株式会社ACSL

2013年、株式会社自律制御システム研究所として創業したドローン専業メーカー。創業当初から、ドローンの「大脳」と「小脳」に該当する、独自開発の制御技術を提供。チャレンジングな実証実験や顧客ニーズに合わせたビジネスモデル、イノベーティブな技術開発を通じ、高い性能・安全性・信頼性を持つドローンの実現を目指している。エアロネクスト社の特許技術を用いた物流向け汎用ドローン「AirTruck」の前身となる機体を開発し、本実証に参画した。

受け取る側、送る側双方にあった地域物流の課題

博野: 本日はお集まりいただきありがとうございます。では早速、地域物流の課題という点からお話しいただきたいのですが、たとえば、私たちが長野県伊那市で実証を行っていたときに感じたのは、荷物を受け取る側と送る側の双方に課題があるということです。自治体や業者の方が車を持たない住民の方に向けて、トラックで地域に出向いて食料や日用品を販売するということをしていたのですが、販売する方々も高齢化しているという問題がありました。そのような物流環境の地域に配送ドローンを導入すると、荷物を受け取る側だけでなく送る側にも、トラックの走るコースや距離の削減に繋がるという話もありました。このような課題を皆さんもお感じではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

田路: 私たちは、ドローン技術開発の会社として飛行技術を磨くため、ドローンを飛ばせる場所を探していた際に出会った山梨県都留郡小菅村で、「SkyHub®」という取り組みを行っていました。
取り組み当初は、日常生活において住民の皆さんが困っているのではないかと考えていましたが違いました。潜在的には困る可能性があるけれど、実際はそれほど困っていなかった。なぜかというと自治体や民間企業の方々が住民の皆さんのために活動してきていたからなんです。ただ、我々が小菅村に入った当初はその事業者の皆さんがとても疲弊しているという状況でした。ですから、この事業者側の課題を解決する方向であれば、ドローンを活用して過疎の課題を解決できる可能性があると考えたのがスタートでした。

鷲谷: 課題はいくつかあると思います。1つは、人口流出により地域の若い世代が減少し、物流の担い手が減っている、かつ高齢化も重なった地域の過疎化により、地域内の分散が加速していることです。これにより物流の効率がどんどん悪くなり、悪循環になっていると思います。
もう1つは、昨今のトレンドになっている「カーボンニュートラル」です。地域内の分散により、荷物を半分ほどしか積んでいないトラックが地域を走り回っているような非効率な配達が行われています。この2つが地域の物流や配送の課題として最近台頭してきていると感じています。

田路: 今までの実験で見つかった課題に対して、ドローンを無人遠隔で飛ばす新スマート物流は、おそらく唯一のソリューションになると信じてやっていますが、すごく難しいです。単純に機体があれば良いという話ではなく、実際に実現するのは1社だけでできることではないと感じているからです。ですから、小菅村の実証実験の際に感じたのは「仲間作り」が非常に大事だということです。KDDIさんは僕らが小菅村でやったこととアプローチは少し違うかもしれないですが、同様のことを先行して取り組んでいたので、早く一緒にやりたかったですね。
これが阿賀町での実証実験の際に、鷲谷さんを通じてKDDIさんにお声がけしたきっかけでもあります。

鷲谷: 「仲間作り」というのはとても良いキーワードですね。ドローン業界が今直面していることは、市場を作っていかないといけないということだと思っています。市場を作ってからシェア争いをしないと共倒れになります。弊社は、市場を作るまでは仲間を集めて盛り上げていかないと業界が立ち上がらないと感じて、阿賀町の実証実験でKDDIさんと組ませていただきました。「仲間を作る」という意味では象徴的な取り組みだったと思います。

田路: そうですね。本日は参加されていませんがもう1社のパートナーとしてセイノーホールディングスさんがいます。「新しい技術だけで市場はできない。常に市場は古い技術と新しい技術の組み合わせが大事」と考えていて、やはりドローンだけで完結するというのは難しいと思ったんです。そうなると、ドローンによる物流を実現するためには、今まで物流をやっている方々との関係を切ってアプローチするのは合理的ではないと考えました。ですから、セイノーホールディングスさんとパートナーになれたというのもとても大きかったです。

写真右から、ACSL代表取締役社長 鷲谷聡之、KDDスマートドローン代表取締役社長 博野 雅文、阿賀町長 神田一秋、エアロネクスト代表取締役 CEO 田路圭輔、セイノーHD執行役員 河合秀治

物流に特化したドローンの開発で広がる可能性

鷲谷: ドローン物流という言葉自体、「ドローン物流が他の物流を全部置き換えていきます」という意味合いで立ち上がったと思うのですが、本質的にはある地域の物流だけでなく、人の移動まで最適化する問題だと思っています。物流の課題全体を解決することにつながるので、物流をやっているセイノーホールディングスさんや、誰がどこに住んでいるという情報を持っている自治体も巻き込みやすくなるのではないかと思います。

田路: そうですね。あと、鷲谷さんの会社が作る機体の性能はもちろん重要なのですが、一番問題になるのは運航を管理するシステムと通信技術だと思います。どのように通信を使って飛行を管理するのか。やはりドローン自体が通信機器なので、無人機として活躍するためには通信が重要です。だから、セイノーホールディングスさんと組めることになって、これで入り口に立ったなと思った時にも、その先に見えたのは通信会社さんとパートナーになることでした。でも、KDDIさんという規模の企業体からすると、ビジネスとしてスケールが小さいので、絶対本気で取り組んでくれないだろうなと思っていたのですが(笑)

博野: 私たちも、モバイル通信の機能を担うということで参加したんですけれど、モバイル通信だけでドローンを遠隔で制御するのはなかなか難しいことがわかりました。運航管理システムの部分はやはり重要で、自分たちがしっかり作っていかないと、市場として可能性がないという判断が出発点でした。

鷲谷: そうですね。ドローンというのは空飛ぶスマホのようなもので、通信機能があって、テレメトリーという機体の位置情報などのデータをやり取りして制御を行っています。ですから通信は切っても切れない機能なので、パッケージを提供されるというのは面白いと思います。

博野: ドローンは結局、通信でつながっていないと、運航管理ができません。通信というインフラ技術は不可欠なので、通信会社としては、これからも一緒にやっていきたいと考えています。

地域の課題を解決するドローン「AirTruck」

博野: ここまで、地域課題について少しお話できたと思います。これを解決するものとして、今回「AirTruck」を開発されたわけですが、そのコンセプトを教えていただけますか?

田路: 僕がこの世界に入ったのは、ドローンの可能性は空撮とか対象物を撮影して不具合を見るとかいうよりも、人が空を移動する方が劇的に世界が変わるなと思ったことがきっかけです。なので、僕がドローンに関わって一番ワクワクしたのが移動なんですが、ACSLさんの機体を見て可能性を感じ、鷲谷さんに「物流専用機を作りたい」とお願いしました。鷲谷さんは、僕らの技術を多分、日本で初めて認めてくれた人なんですよ。他の人は結構、「どうなの?」みたいな感じだったのですが、鷲谷さんだけは「これはどういうことですか」と、何度も質問して理解を深めていってくれました。

鷲谷: そういわれますが、1年間ぐらいは半信半疑でした(笑)

博野: なるほど(笑) 田路さんは鷲谷さんへどのような説明をされたのですか。

田路: ドローンはもともとカメラを吊り下げてホバリングする技術なので、本体の下にカメラがぶら下がっている構造です。汎用機はカメラを荷物に切り替えるわけだから、カメラのある位置に吊り下げてホバリングしていれば良いわけです。でも、ドローンは移動するときに必ず傾くので、下に吊り下げた荷物が負荷になり不安定になります。物流ドローンにはそれを解決する技術が必要になるんです。それを鷲谷さんに話したときに「もともと飛行体としての構造が良くないですよね」という話をして、僕らの考えた構造のアイデアが合理的なことを説明したんです。でも鷲谷さんは最初、「ソフトウェアによる制御でなんとかなる」と言っていました。

博野: 田路さんとのやり取りでその概念が変わっていたのですか?

鷲谷: そうですね。重心制御だけではなくて、上から荷物を入れて下から出るという、機体の真ん中が貫通している構造は今までにありませんでした。なぜかと言うとドローンでは、電池などの重量物を重心の近くに置くというのは、設計上ベーシックな考え方ですが、本体の真ん中を貫通させて荷物のスペースにすると、そこに重量物が置けないんですよ。それを分散しながら、重心のバランスが取れるように設計するということも特許の1つです。そういう技術を合わせて、日本にも世界にもなかった物流専用機を日本から世界に発信したいと考えました。Amazonやgoogleが専用機をやっているからには、日本からも物流の専用機を生み出そうということで、空飛ぶトラックとして「AirTruck」を発表しました。

田路: 鷲谷さんが荷物を機体の上から入れて下から出す構造になっているという説明をしましたが、荷物がボディの中にあるところに注目してほしいんです。荷物が機体にぶら下がっているのではなくボディの中に入って、それをカウルでカバーしている。そうすると、今までぶら下がった荷物は空気抵抗になっていましたが、「AirTruck」では全く空気抵抗にならない。ですから同じ重量の荷物でも、より遠くまで効率的に飛ばすことができ、スピードも出ます。性能として回転翼機の課題を超えていく可能性があります。

ドローン単体では解決できない地域物流の効率化

博野: だいぶ技術よりの話になってきたので話を戻すと、先ほど田路さんもおっしゃっていた通り、ドローンでの物流がドローンだけで解決できるのかという話がありますよね。多分、手段も含めて最適なものを作っていかないとドローンを使った物流は一般化していかないと考えています。その中で一番のポイントは「SkyHub®」だと私は考えていて、「AirTruck」との連動による可能性はあると思っています。そこで、「SkyHub®」を考えられたきっかけについてお聞かせいただけますか。

田路: まず一番重要なのは、ドローンの箱のサイズを決めたことです。荷物をドローンの胴体の中に入れるには、荷物の大きさを規定しなければなりません。その縦横高さを決める際にセイノーホールディングスさんに相談したところ、80サイズ(縦横高さの合計が80センチ以下)が良いと教えてくれました。なぜかというと、日本の宅配物の50%はこのサイズでカバーできるからだそうです。そして重さは5㎏と決め、標準化をしました。
現状、物流業界では荷物サイズの標準化が進んでおらず、配送会社各社が独自のサイズで配送を行っていますが、ドローンという新しい配達手段が生まれたことで、それを標準化できる可能性が出てきました。それができれば最後のラストワンマイルをドローンで運ぶことができるようになり、人手不足などの物流の課題を解決する発端になるかもしれません。みんなで協力し合おうということが、この「SkyHub®」の一番重要な活動だと思います。ドローンだけではなく、物流すべての段階で課題が解決できる可能性があるということです。

高性能なドローンの開発とそれを運用するプラットフォームの整備が、ビジネス拡大のカギ

博野: ドローンの飛行だけでなく、サプライチェーンも含めて考えられているということですよね。

田路: そうなんです。もう1つセイノーホールディングスさんが言っていたのは、「これからは共同配送です」ということ。過疎地域で物流を担っている配送会社はみんな赤字で、350㎏積める小型の軽トラに、2~3個しか荷物を積んでいません。空気を積んで走っているようなものなんです。
小菅村に行ってドローンで荷物を集めて運びましょうと声を掛けたら、配送会社さん各社「どうぞ、どうぞ」と、前向きでした。競争していると思っていたのですが、儲からないところでは皆さん仕事を融通しあっていたんです。
小菅村でドローンを始めたとき、過疎地でドローン配送なんて絶対に儲からないと多くの方から言われたのですが、実は逆なんです。過疎地にも運ぶ荷物は多数あって、配送会社さんだけでなく自治体の皆さんの困っている度合いが高く、ニーズはたくさんあるんです。これはやってみないとわからないことでした。

鷲谷: そうですね。本質的には買い物弱者などで困っている度合いが高いのは過疎地なので、都市部ではなくこういった場所から始めるのは正しいことですよね。
今後はこの3社で作っていくサービスをいろいろなところにも実装していかなければいけないと思っていて、今回の阿賀町の実証実験が、その1つの引き金になっていると思います。
デジタル田園都市国家構想や地方創生など、いろいろなトレンドで追い風が来ているので、今年から来年にかけて、いかに数多くの事例に取り組んでいけるかがポイントだと思っています。

田路: 機体がなければモノは運べませんし、機体があっても運航管理システムがなければ物流は実現できません。ですから、「今はない当たり前」を作るためACSLさんには早く物流用ドローンを量産化していただき、KDDIスマートドローンさんには誰でも運航管理ができるシステムを提供していただけるようにしてもらいたいと思います。

博野: 我々はモバイル通信だけではなく、ドローン物流においても、インフラの部分を担っていかないといけないと考えています。また、運航管理に加えて、空域の交通整理をするシステムも必要になるので、それらを支えるプラットフォームをKDDIが構築し、安全安心なドローンの世界の実現を目指しています。
では、最後に今後の見通しをお聞かせください。

田路: KDDIさんがドローン事業に興味を持ち続けられるかどうかがカギだと思っています。ドローン事業をどんどん拡大し、そのインフラ作りが早くKDDIのビジネスサイズになるようにしていきたいです。

鷲谷: 田路さんの期待に応えられるよう、「AirTruck」の量産化をしっかりやっていきたいと考えています。でも課題は多いです。しかし、ビジネスとして成功モデルを作らなければならないので、そこまでは集中してやっていかないといけないと思います。

博野: ありがとうございます。KDDIスマートドローンとしても、地域の課題を解決するビジネスに取り組んでいます。また、KDDIグループとして、ドローン以外のICTソリューションも提供できることが強みでもあるので、地域や自治体の課題解決を皆さんと一緒に行い、誰もがつながり続ける社会を実現していきたいと思います。 本日はありがとうございました。

注1)エアロネクストとセイノーホールディングスが共同で開発し展開する、既存物流とドローン物流を繋ぎこみ、地上と空のインフラが接続されることで、いつでもどこでもモノが届く新スマート物流のしくみ。

注2)ドローン機体の重心を最適化する技術ドローンの飛行姿勢や、動作に応じて重心位置を最適化させる一連の技術の総称