- 物流
秩父市中津川でのドローンによる物資定期配送でStarlink活用〜土砂崩落でお困りの集落へ、安堵を届ける「&プロジェクト」に参画〜
今回使用したドローン「AirTruck」
「AirTruck」は、エアロネクストがACSLと共同開発した物流専用ドローンです。エアロネクストの空力特性を最適化する独自の機体構造設計技術4D GRAVITY®により、荷物の揺れを抑え安定した飛行ができます。ペイロードは5kgまで対応。KDDIスマートドローン運航管理システムと組み合わせることにより、遠隔制御による機体の飛行、離発着、荷下ろしを可能としました。
今回使用したスペースXの衛星ブロードバンド通信「Starlink」
「Starlink」は、スペースX社が開発した衛星インターネットサービスで、KDDIは2022年12月、Starlinkをバックホール回線としたauエリア構築ソリューション「Satellite Mobile Link」(Starlink基地局)の提供を開始。Starlink基地局を設置することで、山間部や島しょ地域などの弱電界エリアにおいてもauの高速通信によるドローン飛行・遠隔操作が可能になります。
秩父市、株式会社ゼンリン、KDDI株式会社、KDDIスマートドローン株式会社は、株式会社エアロネクスト、生活協同組合コープみらい、株式会社ちちぶ観光機構、ウエルシア薬局株式会社と8者共同で、2023年1月26日に「&プロジェクト」の発足を発表し、秩父市中津川地内において2022年9月13日に発生した土砂崩落により、冬季期間も交通や物流が寸断されお困りの集落へ、毎週木曜日にドローンによる物資定期配送を開始しました。(2023年2月現在、同年3月末迄実施予定)
本プロジェクトにおいて、KDDIはStarlink基地局の提供、KDDIスマートドローンはドローン運航管理システムの提供とドローンオペレーションの支援を行いました。
目次
2022年9月13日の発災当日より、ドローン配送の検討開始
2022年9月13日の早朝、秩父市大滝エリアにある中津川地区のトンネル付近で土砂崩れが発生。原因は、長年の降雨や地下水の凍結融解の積み重ねなどによる岩盤の劣化と見られ、当時、県道210号線が寸断された崩落の向こう側には、中津川地区に15世帯18名、中双里地区に4世帯5名、合計19世帯23名の方々が住んでいたとのこと。
「発災後すぐに、ゼンリンの深田さんに連絡しました」と語るのは、秩父市役所産業観光部産業支援課で主席主幹をつとめる笠井知洋さまです。
笠井さま:被災の状況を見てすぐ、「復旧を待たずに冬が来る」と危機感を持ちました。森林管理道を通れば、なんとか集落には行けますが、かなり迂回するため2時間以上かかり、道も狭く雪が降って凍結すると非常に危険です。ドローンで物資を運べないだろうかと、お付き合いの長かったゼンリンの深田さんに、まずはご相談しました。
秩父市とゼンリンは、2018年に初めて秩父市内でドローン飛行実証を行い、2020年8月には「地方創生推進交付金」に採択、「秩父市生活交通・物流事業推進協議会」を発足し、現在は大滝エリアを中心に山間地域における共同配送やドローン配送の取組を進めています。
そして、当初より秩父市の笠井さまたちに伴走し続けてきたのが、ゼンリン事業統括本部モビリティ事業本部スマートシティ推進部の部長をつとめ、ドローン推進を担当しておられる深田雅之さまでした。
深田さま:笠井さまたちとは、もう毎年いろいろな取組を積み重ねて、ドローンの実証も大滝エリアを含めて、秩父市内で10回以上ご一緒しています。笠井さまから「冬季に通行止めになってしまった場合、集落の方が孤立する可能性が高いので、ドローンの活用を検討してほしい」と、発災当日の朝に連絡があり、すぐに検討を始めました。
ドローン配送を“諦めていたエリア”での挑戦
秩父市さまとゼンリンさまは、県道を通行できる目安が2023年8月と示されたことを受けて、2022年10月25日に「緊急物資輸送に関する緊急協定」を締結したと発表。しかし、これまでの大滝エリアでのドローン実証を通じて、通信環境が非常に脆弱だという課題は明らかだったといいます。
深田さま:実は以前にも、被災地域へのドローン配送は、平常時配送も含めて検討したことがありました。しかし通信が脆弱でドローンを遠隔運航できないため、トラックで運ぶことにし、ドローン配送は“諦めていたエリア”だったのです。発災当日の午後には私も現地に行って、翌日から1週間ほど再検証しましたが、やはり通信環境の課題をクリアしないと実現できないと分かりました。そこでご相談したのが、以前からお付き合いのあったKDDIスマートドローンでした。
KDDIスマートドローンは、2022年の事業開始よりずっと前から、ゼンリンと業務提携関係にあり、これはぜひお役に立ちたいとの想いで、すぐに現場検証に取りかかりました。同時に、ドローン配送サービスの社会実装に向けて協働してきたエアロネクストにも、ご協力を仰ぎました。
エアロネクストは、国産の産業用ドローンメーカーACSLと物流専用ドローン「AirTruck」を共同開発しています。AirTruckは、ドローン専用通信モジュール「Corewing 01」搭載で、通信環境の改善を見込めます。また、独自の重心制御技術によって、荷物の揺れを抑えつつ安定した飛行、高い飛行性能を期待できると考えました。
KDDIとも連携してすぐに上空におけるauモバイル通信を確保する手段を検討し、Starlink基地局を離陸地点に設置。“諦めていたエリア”での通信環境の改善、往復5.6kmのドローン配送が可能になったのです。
毎週木曜日は、「安堵」を届ける日
2022年12月、ついに雪が降り始めました。秩父市さまは崩落トンネルの向こう側に住む19世帯23名の方々に、市街地への一時的な移住を勧めましたが、「住み慣れたところに住み続けたい」と、6世帯6名の方が残られ、今回のドローン配送はその方々のために行うことになりました。
2023年1月26日、秩父市、ゼンリン、KDDI、KDDIスマートドローンは、エアロネクスト、生活協同組合コープみらい、ちちぶ観光機構、ウエルシア薬局と8社共同で、「&プロジェクト」を発足し、同日より2023年3月末の冬季期間中、毎週木曜日にドローンによる物資定期配送を実施しています。
まず、地域住民の方々は前日の水曜日午前10時までに品物を注文し、注文を受けた3社が、ファミリーマート 道の駅大滝温泉店までトラックで配送し、そこで荷物を集約して、ゼンリンとエアロネクストがドローンの離陸地点まで運びます。
ドローンの離陸地点で、専用ボックスに詰め替え、重さを測ります。
AirTruckは、最大5kgの重さの荷物を運べますが、本プロジェクトでは1箱あたり最大3kg、1日6便(6箱)で運営しています(2023年2月16日現在)。ご注文の品物は、唐揚げなどの冷凍食品や、生鮮食品、野菜、ペットボトル、たばこなど多岐に渡りました。
計量が終わったら、ドローンに搭載して配送します。AirTruckは、機体のカバーを開け閉めして荷物を上から搭載できるため、現場で取り回しやすいという特長があります。また、KDDIスマートドローンツールズ運航管理システムで制御して、着陸したら自動で荷物を切り離して“置き配”し、再び自動で離陸して戻ってくることができるため、効率よく荷物を配送することができるのです。
着陸地点では中津川地区の区長さまが、“置き配”された荷物をピックアップして、車を走らせて住民の方々にお届けする、ラストワンマイルを担ってくださいました。「定期配送することで、空でつながっている安心感や、地区内での憩いの場が生まれている」と、笠井さまはいいます。
通信だけじゃない、真冬の山間部の困難
深田さまが考案した「&プロジェクト」という本プロジェクト名には、「決して(A)諦めずに、(N)中津川地内の(D)ドローン配送の実現を推進し、住民生活の安全・安心の確保を支援し、地域の(AND)安堵に貢献する」という想いが込められていますが、現場はまさに試行錯誤の連続でした。
当初は、崩落トンネル間の500mを、短時間・高頻度でドローン配送しようとしたものの、そこはGPS信号を受信できなかったのです。KDDIスマートドローンサービス推進部の部長をつとめる森嶋俊弘氏は、こう振り返ります。
森嶋氏:&プロジェクトは、目視外自動飛行(レベル3)を目指しており、そのためには通信とGPS、両方の課題を解決する必要がありました。通信については、Starlink基地局を設置してauモバイル通信網を構築することで、離陸地点と着陸地点ともにしっかりと改善できました。GPSについても、離陸地点はドローンパイロットによるマニュアル操縦、着陸地点は中津川地内にGPS信号をしっかりと受信できる場所を確保して、レベル3飛行申請を行いました。
また、レベル3飛行承認を得られるまでは、補助者を配置する目視内自動飛行(レベル2)で実際にドローン配送を行いながら、区長さまに着陸地点のオペレーションをお一人で担当いただけるよう、レクチャーさせていただきました。
笠井さま:離陸地点を見つけるまで二転三転して、ようやくいまの場所に確定したのが、&プロジェクト発足発表の前日でした。本当に寒いなか、皆さんに頑張っていただきました。
深田さま:最初はレベル2飛行であったとしても、通信が脆弱で無理だと思っていた山間部において通信環境を改善でき、自然災害でお困りの方々を支援するためにドローン定期配送を実現できたことは、日本初の快挙と言えるのではないでしょうか。
同時に立ちはだかったのは、山間部の真冬の寒さ。雪が降ると外気温が氷点下になる厳しい気象条件のため、ドローンは飛べても人間が作業するのは1〜2時間が限度。1日6便までと決めたのは、それが理由です。
ドローンで運びきれる量に収まるようにするなど、秩父市さまとゼンリンさまが店舗さまや地域住民の方々と話し合って、みんなが一生懸命頑張る、みんなが譲り合うことで運用がうまく回っています。
KDDIスマートドローンも、短時間・高頻度で飛ばすため、毎週木曜日の配送後には、各飛行の間隔をいかに短縮するかなど、技術とオペレーションの両面から、改善策をエアロネクストさまと検討を重ねています。
「住み慣れたところに住み続けたい」を叶えるために
笠井さま:雪が降り、一時移住で集落から人が減り、会話も減ってしまって、地域住民の皆さんは塞ぎ込んだ表情をしておられたのですが、「ドローン配送の初日、ぜひ何か注文してください」と説明に行くと、笑顔で喜んでくださいました。「お酒もいいのか?じゃあ、ビール6缶」「俺はたばこ2カートン」と、それまでの会議とは全然違っていて。「本当に空でつながるんだ」と分かったときの皆さんの安堵の表情は、いまでも忘れられません。「定期配送」だということが、住民の皆さんに安心感をもたらしたのだと思います。実際に集会所に品物が届くと、その場で乾杯した方もいらして、住民同士の会話が生まれて、憩いの場が生まれたんですよ。
大滝エリアは、面積の約9割以上が山林で、人口は550名ほど、集落はほぼ山間部に点在しており、秩父市とゼンリンは、山間部におけるドローン配送、物流の効率化を図る共同配送、遠隔医療など、さまざまな取組を積極的に進めています。
深田さま:&プロジェクトを通じて、ゼンリンとしてはサービスを作り上げるノウハウを、たくさん蓄積できました。また、すごくいいチームができたと思っています。今後もこのメンバーで、中山間地域のドローン配送や災害対応のサービスをStarlink活用も含めたソリューション構築を検討していきます。
森嶋氏:今回は、雪が降る前にということで、スピード感を持って定期運航を実現でき、多くの学びがありました。山間部は通信環境が不安定な場所が多いですが、「スマートドローン×Starlinkの活用」は多くの地域の課題解決に貢献できることを確信しています。
KDDIスマートドローンは、&プロジェクトでの経験を活かし、「住み慣れたところに住み続けたい」を叶えるため、さらに前進してまいります。